神戸での個展

TV出演があっても、何も変わりませんでしたが、少し生徒さんが増えました。日本画だけだったのが、水彩画・アクリル画・デッサンを入れました。今では、色鉛筆画やパステル画もやっています。生徒さん自身にあった画材を使って表現していくというコンセプトをもとに、教室を開講しています。

さて、作家活動のほうですが、故郷神戸でも行いました。銀座のギャラリーのオーナーさんにお願いして、画廊を探していただきました。それで見つかり、企画でしたが最悪な画廊でした。

ほとんど閉廊していて、連絡が付きませんでした。メールも使っていないとのことで、送れません。パブリシティもやらないとのことで、自分で新聞社にプレスリリースを送りました。もちろん、掲載していただけませんでした。

神戸のギャラリーに着いて、ギャラリーのオーナーの第一声が、「仕事を辞めて作家活動などしている画家は将来は生活保護になる」でした。絵が売れるということが全く理解されてなかったのです。また、こうも言われました。「日本画は京都。東京の日本画なんかはない」と。現代日本画のことは全く理解していませんでした。こんなギャラリーあるんですね。

オーナーさんが高齢だったので、高度成長期の会社員をイメージしているのでしょう。年功序列で絶対クビにならない時代の考え方なのです。今は違います。会社員でもいつクビになるかわからない時代です。副業OKの会社も多くあります。

また、地元の著名作家という人が来られて、私の個展を奪いました。ソファにどっしりと腰かけて、自分の作品について話始めたのです。銀座では、オーナーが阻止してくれるのですが、ここのギャラリーではオーナーがその作家の画集を持ってきて、私に紹介し始めたのです。

個展のマナーというものが全くないのです。普通は個展を開催している作家を立てるものです。関西が東京を嫌うのは知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

会期中、高校の友達などもいっぱい来てくださいましたが、おしゃべりがすごかったです。絵は購入しませんでしたが、絵ハガキはいっぱい買ってくれました。地方ってこういうものなのかな?とも思いました。ただ、高校時代の先生が5枚買ってくださいました。本当にありがたいです。

このギャラリーは「人が来ない・売れない」で有名な画廊らしく、オーナーもあまりやる気はありませんでした。ただ、私は母親に見せたかったんです。母は1日だけ来てくれました。「ヌードなんか描かないで。花描かんかい!」第一声でした。

私は、母の反対を無視して強引に東京に行きました。なので、母は未だに私を認めません。「あんたを東京にやったのが間違いやった」それしか言いません。本当に悔しいです、母を認めさせてあげられない自分の力が。

結局、最後はオーナーさんも認めてくれて、1枚絵を買ってくれました。「なんだ、良い人じゃないか?」というのが感想です。神戸で個展している間、土日は東京に戻りました。絵画教室があるからです。飛行機で往復しました。結構、いやかなり疲れました。

でも、みんなに久しぶりに会えたし、プチ同窓会みたいになりました。それなりに楽しかったです。最初は、「私空振りしたかも」と思いましたが、最終的にはいい結果に終わりました。私は、絵を梱包して東京に戻りました。

結構苦い思い出でしたが、いろんな人に来ていただき、感謝しています。絵を見たこともない人もいらっしゃって、すごく緊張しながら来てくれました。ほんの少しでも絵画に触れていただけて嬉しいです。

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